大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和33年(ワ)5998号 判決 1961年7月10日

原告 高橋タカ子

被告 神崎健之助 外一名

主文

一、原告に対し被告らは各自五拾万円及びこれに対する被告神崎健之助については昭和三十三年八月十八日から、被告佐藤留治郎については同月十七日から、各完済まで年五分の割合による金員の支払をせよ。

二、原告その余の請求はこれを棄却する。

三、訴訟費用は被告らの負担とする。

四、この判決は原告勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実

原告は、被告らは各自原告に対し五十二万円及びこれに対する被告神崎健之助については昭和三十三年八月十八日から、被告佐藤留治郎については同月十七日から、各完済まで年五分の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は被告らの負担とする。との判決及び仮執行の宣言を求め、請求の原因として、(一)、原告はかねてから住宅を建築しようと考えていたところ、昭和三十三年三月初頃読売新聞紙上において土地賃貸の広告を読み、その広告主である宅地建物取引業者の被告佐藤留治郎(以下単に被告留治郎という)に面接して借地の斡旋方を申入れた結果同月五日被告留治郎方において同被告及び前記広告掲載の土地賃貸につき右被告と共同の周旋人である宅地建物取引業者の被告神崎健之助(以下単に被告神崎という)の両名から東京都大田区大森四丁目百九十三番地宅地百十八坪七合五勺(以下本件土地という)の所有者であると称する訴外佐藤良明(以下単に訴外良明という)を紹介せられ、その借地につき交渉をした結果、右良明との間に、原告が賃借人良明が賃貸人となり本件土地のうち中央部分五十坪(以下借地部分という)につき普通建物所有の目的で賃借期間二十年権利金坪当り一万七千円賃料一ケ月八百円毎月末日払権利金の完済と引換に賃借権の設定登記をなす旨の賃貸借契約が成立し、良明に対し借地権利金として同月八日二十万円を同月三十一日三十万円をそれぞれ支払い、さらに被告留治郎及び同神崎の両名に対し同月八日周旋手数料として二万円を支払つた。(二)、原告は前記借地契約の締結に際し訴外良明に、本件土地の所有者は良明であるかと尋ねたところその登記名義は目下訴外高野末の所有となつているがそれは良明が代表者である訴外立躬工業株式会社(以下立躬工業という)において昭和二十六年初頃高野から五万円を借入れたところから右債務を担保するため売渡担保として本件土地の所有権を高野に移転しているのであつてこの点については良明と高野の代理人である訴外武田四郎との間に本件土地を立躬工業に売戻す契約が成立しているのであると答えられ、又良明、被告留治郎及び同神崎らから借地部分は直ちに使用してもよろしいと言われたところから、これを信用し前記のとおり権利金の内金二十万円を支払い、さらに又その後右三名から、高野末に対し本件土地の買戻代金百二十万円の内金六十万円を支払つたが、その内三十万円は先日附小切手で支払つているのでこの小切手を落さねばならないから約定権利金の残金の内三十万円を支払われたいと言われ、良明に前記のとおり三十万円を支払い、さらに残金三十五万円については昭和三十三年四月十六日賃借権の設定登記手続をするからその時に支払われたいとの申出を受けたので、これを承諾し、同日残金三十五万円を携行し被告留治郎方において同被告立会の上良明に面接して右残金の受領と引換に賃借権の設定登記をなすことを促したところ、良明から、本件土地を売戻す約束をしたのは立躬工業の再建のためである然るにその土地の重要部分である借地部分を原告に賃貸するとは怪しからんと高野末の代理人の武田四郎から苦情が出たから暫らく待たれたい、と言われた。(三)、原告はかねてから住宅金融公庫に建築資金の借入を申込んでいたが抽籤の結果当選したところから建築に着手すべく同年五月初頃訴外良明を通じて立躬工業から借地部分の使用承諾書を貰い受け右地上に建築用地としての柵を設けなお念のため良明をして同月二十七日までに賃借権の設定登記手続をなすことを確約させたが、同日に至つても良明においてその登記手続をしなかつたところから、被告留治郎に右違約を責め且つ同被告を伴い高野末の代理人の武田四郎方へ赴き同人に対し本件土地についての前掲買戻契約の有無を尋ねたところ、右武田から、そのような事実はない本件土地についてはこれを貸す意思も売る意思もない右地上には映画劇場を建てる計画である、と言われ、始めて良明、被告留治郎及び同神崎らに欺罔されて五十二万円を騙取せられたことに気がついたのである。(四)、即ち、訴外良明ら右三名は共謀の上、良明ないしは立躬工業においては本件土地を高野末から買戻す契約を締結した事実もなく従つて原告をして直ちにこれを使用収益せしめうる権利が無いのにも拘らず、以上の各事実があるもののように装いその旨を申向けて原告を信用させ借地部分につき賃貸借契約を締結せしめて原告から権利金及び手数料名下に前記のとおり五十二万円を騙取領得し原告をして右同額の損害を蒙らしめたのである。原告としては借地部分が適法に且つ直ちに使用収益することができないならば前記の賃貸借契約を締結しなかつたのであり又権利金及び手数料をも支払わなかつたのであつて、前掲良明ほか二名の行為は故意による共同の詐欺であり不法行為である。仮に被告留治郎及び同神崎には故意がなかつたとしても右両者は何れも東京都知事公認の宅地建物の周旋業者であるから借地の周旋に際してはその土地が直ちに借地人により使用収益せられうるものであるかどうか又借地人の取得すべき借地権については他から苦情等の起きないものであるかどうかなどについて充分調査の上周旋をなすべき業務上の注意義務を有するところ、被告両名は前記のとおり共同して、原告のために借地部分の賃借を周旋するに際し右部分につき高野末との間に買戻契約が成立しているかどうか又は成立していなくとも同人から容易にこれを買戻すことができるかどうかないしは借地人となるべき原告において直ちにその使用収益ができるかどうかなどの事情を調査することなく慢然訴外良明の言を軽信して前記のとおり賃借を周旋したのであつて右は被告両名の過失というべくその過失と良明の故意とにより原告に対し前記損害を蒙らしめたものであつて良明及び被告らが共同不法行為者である点においては変りはない。(五)、よつて原告は被告ら各自に対し前記損害額五十二万円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である被告神崎については昭和三十三年八月十八日から、被告留治郎については同月十七日から、各完済まで民事法定利率の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。と陳述し、被告らの主張事実に対し、被告ら主張の日原告と訴外良明との間に右損害賠償債権につき被告ら主張の和解が成立し原告において良明から被告ら主張の手形の交付を受けたことは争わないが、これにより右損害賠償債権が消滅したとの点は争う。被告らその余の主張事実は争う。と述べた。

被告神崎は、原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。との判決を求め、答弁として、請求原因(一)の事実につき、被告神崎が宅地建物取引業を営み原告がその主張の借地部分を賃借するにつき周旋をしたことは認めるが、右土地の賃貸人は訴外良明ではなく訴外立躬工業である。原告が昭和三十三年三月八日借地部分の借地権利金の一部として良明に二十万円を支払つたことも認める。原告主張の賃貸借契約の内容のうち、権利金の完済と引換に賃借権の設定登記をなす約定であつたとの点は否認する。被告神崎が同日原告から周旋手数料として二万円の交付を受けたことも認めるが、これは共同の周旋人である被告留治郎ほか一名と平等に分配している。その余の事実は全部知らない。請求原因(二)の事実は否認する。同(三)の事実は不知。同(四)の事実も否認する。被告神崎は、立躬工業が原告にその主張の借地部分を賃貸するに際し、その周旋をしたものであるが、その際立躬工業の代表者である訴外良明から、本件土地を含む宅地二百三十四坪余はもと立躬工業の所有であつたが立躬工業は昭和二十五年頃訴外武田四郎から五万円を借受け右債務の支払を確保する趣旨で同人に右土地の登記済権利証等を預けたところ同人は立躬工業に無断で右権利証等を利用し、登記簿上、右土地の所有権を自己の妻の妹である高野末名義に移転して仕舞つた然し借受債務の元利金を返済すればその所有名義を立躬工業のために回復することは可能である若し武田ないしは高野においてこれに応じなければ、僅か五万円の債務の弁済に代えて二百三十四坪余の土地所有権を取得することは不当であるから、同人らを相手方として適当な仮処分の申請をなし且つ所有権移転登記抹消請求等の訴を提起する又右土地の上には良明所有の家屋が二棟あつてここには借家人も居住し右土地の占有使用については高野らから何も苦情は出ていないし心配はいらない、と説明せられ、高野末の関係については調査をしなかつたが、その他の点については詳しく調査したところ事実は良明の説明のとおりであつたので、原告に対しこのことを告げると共によく事実を調査した上で契約を締結することを勧告し起り得べき危険の程度についても十分説明ずみであり、原告はこれを承知の上で事実を調査し借地契約を締結したのである。被告神崎は右借地契約の成立に際し借地権利金の一部二十万円の授受に立会い、訴外良明及び被告留治郎から、右二十万円は高野に対する返済金にしたいから預つて置いて貰いたいと言われ、これを一時預りその後良明に返還した以外にはその後の交渉に何も関係していない。従つて被告神崎は原告の主張するように故意による詐欺の共犯者でもないし又同被告には過失もない。仮に被告神崎についても原告の主張するように故意又は過失による共同不法行為が成立し且つ原告がその主張する損害を受けたとしても、原告は昭和三十四年十二月二十七日訴外良明と右損害賠償債権につき裁判外において和解をなし良明からその弁済に代えて訴外株式会社三浦製作所振出の約束手形計二通額面合計五十二万円の譲渡を受けたから右損害賠償債権はすでに消滅している。従つて被告神崎は原告に対し賠償すべき何らの債務を負担していない。原告その余の主張事実はすべて争う。と述べた。

被告留治郎は、原告の請求を棄却する。との判決を求め、答弁として、請求原因(一)の事実につき、原告主張の頃主張の新聞紙上に主張の土地賃貸の広告のなされたことは争わないが、その広告主が被告留治郎であることは争う。又原告がその主張の借地部分を賃借するにつき被告留治郎において周旋をなしたとの点も否認する。右広告は、訴外良明の依頼により本件土地の賃借希望者を求めていた宅地建物取引業者の被告神崎によつてなされたものである。即ち同被告は本件土地に近い同業の被告留治郎の事務所を連絡先として利用するため被告留治郎に依頼して広告面に被告留治郎の事務所を表示したに過ぎず右広告を読み本件土地の賃借を申出る者に対しては直接被告神崎において応対していたのである。原告及びその依頼により貸地を求めていた東京都公認の宅地建物取引業者である訴外鈴木鷹助らが本件土地を賃借するため被告留治郎の事務所を訪れた際にも被告留治郎は同人らを貸主である訴外良明と被告神崎らに紹介して引合わせ同人らをして直接貸借の交渉及び契約の締結等をなさしめたのであつて右交渉などについても被告留治郎はその場所を提供して傍聴していたに過ぎずその後の交渉の内容にも一切関与していない。もつとも被告両名が原告から周旋手数料として二万円の交付を受けたことはあるが、これは被告らにおいて請求しなかつたにも拘らず原告から被告両名及び訴外鈴木ら三名に対する手数料として提供せられたものであつて右三名においてこれを分配した。請求原因(二)の事実につき、本件土地の権利関係についての調査問答は原告及び訴外鈴木と訴外良明及び被告神崎との間になされたものであり又右以外の交渉、問答は原告と良明との間になされたものであつてその場所として本件土地に近い被告留治郎の事務所を利用したに過ぎず右被告は前記問答、交渉等には関与していない。請求原因(三)の事実につき、原告がその主張のような経緯から建築に着手すべく主張の土地使用承諾書を手に入れ借地部分にその主張の柵を設けたこと良明として賃借権設定登記手続をなすことを約せしめたこと良明がその登記手続をしなかつたことは何れも不知。被告留治郎は原告からその主張するように違約を責められたことはない。かえつて右被告は従前から原告に対し本件土地の所有者である高野末の代理人と称する武田四郎に面会し本件土地の権利関係利用関係について調査するよう勧めていたにも拘らず原告においては慢然良明の言を信じて会おうともしなかつたので被告留治郎が原告を伴つて武田四郎方に赴いたのである。原告が被告留治郎に欺罔せられて五十二万円を騙取せられたとの点は否認する。請求原因(四)の事実はすべて争う。ことに被告留治郎には詐欺の意思はなく又過失もないことは後記のとおりである。(一)原告が借地部分を賃借するにつき被告留治郎の果した役割は賃貸人又は賃借人の依頼によるその周旋ではなく被告神崎の依頼により自己の事務所を連絡、交渉などの場所として提供したに過ぎないものであることは前記のとおりであるから、周旋人として借地部分についての賃貸借が合法且つ確実に実現しうるか否かを調査してその成立を斡旋すべき義務はない。ことに賃貸人である良明には同人の依頼した宅地建物取引業者である被告神崎がついてをり、同被告が賃貸物件及び賃貸借契約実現の確実性を調査して賃貸人のために賃借人を求むべき地位にあつたのであるから、被告神崎が良明と共に賃貸借の確実性を述べている以上、被告留治郎としてはこれを信ずるのほかなく被告留治郎自身が被告神崎をさしおいてこの点を調査すべき権能も又義務もないのである。然し右賃貸借の交渉が自己の事務所内において行われたところから自ら調査しうる点は調査し且つ原告に対しても注意すべき点は注意していたのである。即ち、本件土地が訴外高野末の所有名義であることは原告と訴外良明との第一回会合の際に明らかとなつた点であるが、これより先被告留治郎は登記簿を調査して本件土地が賃貸人の良明の所有名義ではないことを知りこの点を被告神崎に申出て置いた、又交渉の過程において訴外武田四郎が右高野末の代理人であることが判明するに至つたので被告留治郎は原告に対し速かに武田に面会するよう勧告していたにも拘らずこれを容れられず結局賃貸借の成立後において始めて原告を伴い武田方に赴かざるを得なかつたことは前記のとおりである、さらに又右賃貸借についての借地権利金のうち第一回目の二十万円は原告から被告神崎に交付せられたのであるが、その際原告側周旋人の訴外鈴木と被告留治郎とは被告神崎に対し右金員は本件土地の買戻代金として訴外高野末に支払うこととなるべき金員であるから被告神崎において保管し良明に交付しないよう注意して置いたのである。のみならず借地契約の成立につきその周旋人ではなく単に自己の事務所をその交渉、連絡などの場所として提供したに過ぎない被告留治郎のような者の場合においてはその宅地建物取引業者としての業務上の行為の範囲及び注意義務についてはつぎの慣習がある。即ちこのような場合においては事務所の提供者は交渉の内容に立入らず賃貸人、賃借人双方本人及び同人らからそれぞれ周旋の依頼を受けた宅地建物取引業者らを紹介引合わせ直接賃貸の交渉をなさしめることによつてその任務は終了するのであり当該取引が支障なく完結しうるか否かの調査義務は右双方本人及び周旋人らが負い事務所の提供者はこれを負わないという業界の慣習がある。従つて以上何れの点よりするも被告留治郎には原告の主張するような注意義務の懈怠はなく過失もない。(二)、仮に被告留治郎には原告の主張するような注意義務があつてこれを懈怠し且つ原告においてその主張するような損害を蒙つたとしても、原告には後記の過失があつて右損害は自ら招いたものと言うべきであるから被告留治郎の注意義務の懈怠と損害の発生との間には因果関係はない斟くとも手数料として交付せられた二万円については良明において騙取領得したものではなく被告らに対し手数料として提供せられたものであるから、不当利得ないしはこれに類する請求原因を主張してその支払を求めるのならば格別、原告主張の共同不法行為に因る損害としてその支払を求めることは失当である従つて被告留治郎にはこれらの損害を賠償する責任はない仮にその責任があるとしても損害賠償債務が裁判外の和解により消滅したとの被告神崎の主張を援用する仮に右主張も理由がないとしても過失相殺を主張し損害賠償の額を定めるにつき原告の過失を斟酌すべきことを主張する。即ち、原告の過失とはつぎの諸点である。借地部分の賃貸借につき賃貸人の地位にあつた者は訴外良明であるが、本件土地の所有名義人が訴外高野末であることは初めから明らかなところであつてこの点は原告においても認めていたところである。然るに原告は良明から本件土地の買戻が可能であり確実であること賃貸借成立の実現が可能であり確実であることないしは良明に右土地の賃貸権能があることなどを告げられてこれを信じこの点につき何らの調査をもしなかつた。しかも原告側には宅地建物取引業者である訴外鈴木が周旋人として原告を補佐していたにも拘らず右訴外人においてもこの点を確める手段を採らなかつたのである。およそ契約関係の成立に際しては相手方の説明ないし主張についてはこれをそのまま受入れることなくその真実なることの裏付調査をなすべくこれをしなかつたことは原告の過失と言わなければならない。原告又は鈴木において直接高野末に面会し事実関係を調査したならば本件のような損害は生じなかつたであろう。と述べた。

証拠として、原告は甲第一ないし第八号証、第九、第十号証の各一ないし四、第十一ないし第十八号証、第十九号証の一、二を提出し、甲第八号証は公図写であると説明し、証人鈴木鷹助、高橋慶三(第一、二回)、武田博、松田勝の各証言を援用し、乙第三号証を除くその余の乙号各証及び丙号各証の成立を認める乙第三号証の成立は不知と答え、被告神崎は乙第一ないし第四号証、第五号証の一、二を提出し、証人峰尾正康の証言、被告本人神崎健之助、同佐藤留治郎に対する尋問の結果を援用し甲第二、第三号証、第五号証、第九号証の一を除くその余の甲号各証の成立(第八号証については原本の存在及び成立共)を認める甲第二、第三号証、第五号証、第九号証の一の各成立は不知と答え、被告留治郎は丙第一ないし第四号証を提出し、被告本人佐藤留治郎、同神崎健之助に対する尋問の結果を援用し、甲第二ないし第四号証、第九号証の一を除くその余の甲号各証の成立(第八号証については原本の存在及び成立共)を認める甲第二ないし第四号証、第九号証の一の各成立は不知と答えた。

理由

成立に争いのない甲第一号証、同第六、第七号証、同第十号証の一ないし四、同第十一ないし第十八号証、同第十九号証の一、二乙第四号証、丙第一ないし第三号証(但し丙第二、第三号証については後記措信しない部分を除く)、後記高橋証人の第一回証言により真正に成立したものと認められる甲第二、第三号証、第四号証(被告神崎はその成立を認めている)第五号証(被告佐藤留次郎はその成立を認めている)、証人鈴木鷹助、高橋慶三(但し第一回)、武田博、峯尾正康、被告本人神崎健之助同佐藤留次郎に対する各本人尋問の結果(但し右高橋証人の証言、被告神崎同佐藤各本人尋問の結果、中後記措信しない部分を除く)、を綜合するとつぎの事実が認められる。即ち、訴外立躬工業株式会社の代表取締役である訴外佐藤良明は昭和二十五年頃同会社所有の本件土地ほか一筆を訴外武田博に譲渡し右武田はその頃これを自己の妻の妹にあたる訴外高野末(その後婚姻により川辺末となる)に贈与し昭和二十五年二月十日立躬工業から高野末に直接その所有移転登記が経由せられて今日に至つていること、当時右各土地の上には良明所有名義のバラツク二戸が存在し良明は武田博にその収去を約しながらこれを履行せずに今日に至つていること、その間相当以前に良明は右各土地を買戻そうとし他人を介し再三武田に交渉したことがあつたがその都度堅く拒絶せられて来たこと、このような事情にあつて容易に買戻すことができる見込みがなくその意思もなかつたにも拘らず良明は右各土地の空地部分を他人に賃貸しその権利金を利得することを企図し昭和三十三年三月頃知人の峯尾正康を介して知合いとなつた宅地建物取引業者の被告神崎に対し、右各土地は高野末の所有名義になつてはいるがそれは立躬工業が昭和二十五年頃五万円を金借したことから土地の所有名義かそのように変つているだけであつて借受債務の元利金を返済すればその所有名義を立躬工業のために回復することは容易であるしかも右各土地についてはその地上に自己所有のバラツクが二戸建てられているのであるから借地権がある右各土地を他人に賃貸することを斡旋して貰いたい、と述べてその賃貸の周旋を依頼し、被告神崎は右各土地の所有権移転の点、地上建物の有無及びその所有者が良明であるかどうかなどを現地及び登記簿謄本などについて調査したゞけで高野末の関係については勿論その他深い調査もなさずに良明の前記説明を信じ、その頃同業の宅地建物取引業者であつて本件土地の附近に事務所を有する被告留治郎方え赴き右被告方の電話番号を表示した貸地の新聞広告を掲載することにつき同被告の承諾を得て昭和三十三年三月六日附読売新聞紙上に本件賃貸の広告を掲載するに至つたこと、かねてから住宅建築の希望を持つていた原告はその頃右新聞広告を読み夫の高橋慶三を代理人とし又知合いの宅地建物取引業者の訴外鈴木鷹助にも借地の周旋を依頼して右両名を被告留次郎方に赴かしめ被告両名及び訴外良明と借地の交渉にあたらしめたのであるが、その際良明は本件土地の所有権移転の経緯につき先に被告神崎に説明したことと同様の事実を告げその所有名義の回復の容易であること及び即時賃貸の可能であることを説明し又被告両名も良明の説明に口を合わせて大丈夫だ間違いないなどと口添えをしてその賃借方を勧めたところから、前記高橋及び鈴木においてもこれを信用し結局同月八日右良明との間に、原告が賃借人良明が賃貸人となり本件土地のうち借地部分五十坪につき普通建物所有の目的で賃借期間二十年権利金坪当り一万七千円賃料一ケ月八百円毎月二十八日払と定めた賃貸借契約を締結し、良明に対し借地権利金として即日二十万円を同月三十一日三十万円をそれぞれ支払い又被告両名及び鈴木鷹助ら宅地建物取引業者らに対する周旋手数料の一部として被告らに即日二万円を支払つたこと(被告両名が宅地建物取引業を営むことは右被告らの争わないところであり、原告が借地部分を賃借するにつき被告神崎において周旋をなしたことは右被告の認めるところであり、昭和三十三年三月六日附読売新聞紙上に本件土地賃貸の広告のなされたことは被告留治郎の認めるところである。又原告が良明に対し借地権利金の一部として二十万円を支払い又被告らが原告から周旋手数料として二万円の交付を受けたことも被告らの争わないところである)、原告が借地部分を賃借するにつき被告両名は被告留治郎の事務所において前記高橋及び鈴木らに応対し本件土地の位置、形状、借地権利金などについて説明し又権利金の額、地代などについても交渉をなし借地契約の成立に際しては被告留治郎において契約書(甲第一号証)を作成し被告神崎と共に契約立会人としてこれに署名捺印し又前記借地権利金の一部二十万円については被告神崎の名義で原告宛に領収証(甲第四号証)を作成交付したが前記周旋手数料の一部二万円については被告留治郎の名義で原告宛に領収証(甲第五号証)を作成交付し右二万円はその受領後原告側の周旋人である鈴木鷹助、良明側の周旋人である被告神崎の両名と被告留次郎において平等に分配したこと、被告留治郎は借地契約の成立前において、本件土地の所有名義人が高野末であつて立躬工業ないしは良明ではないこと及びその所有権移転の経緯について先に良明が被告神崎に対して説明した内容ことに良明においてはその所有名義の回復が容易であり即時賃貸が可能であると称していることなどを聞知しており、高野末の関係については調査をしなかつたが、本件土地ほか一筆についての高野への所有権移転の点地上建物の有無その所有者が誰であるかなどの点については登記簿、登記済権利証などによつて良明を確め良明が右各土地につき尠くとも借地権を有するものと信じ又良明の説明しているように容易にその買戻ができうるものと信じていたこと、前記借地権利金二十万円については被告留治郎において高橋慶三の手から受取つたのであるがこれは後日良明及び被告両名において高野末方え赴き以上の者たちが立会の上本件土地の買戻代金に充当することを申合せ一時被告神崎において良明のためにこれを預つていたが後日被告神崎は良明から、自分一人で高野末方え赴いて本件土地の所有名義を書換えて来るからその二十万円を渡して貰いたい、と言われてこれを良明に交付したこと、借地権利金のうち三十万円の授受はその後の同月三十一日になされたのであるが、その経緯は、その頃良明が被告留治郎方を訪れ同被告に対し、本件土地ほか一筆の所有名義人からこれを百二十万円で買戻すこととなり内金として前記二十万円と知人の峯尾正康振出の小切手で四十万円計六十万円を支払つて来た残金六十万円を支払えば登記名義を回復することができることとなつている、と虚構の事実を申し向け、且つ自ら偽造した武田四郎名義の右趣旨の売戻しの念書を示した上、右小切手はすぐ落さなければならないから原告から借地権利金としてさらに四十万円を出さして貰いたい、と申向けたところから、これを信用した被告留次郎は直ちに高橋慶三にその旨を連絡して内金三十万円を受取りこれを良明に交付するに至つたこと、なおその頃借地権利金の残額三十五万円は同年四月十六日までに借地部分の借地権設定登記と同時に支払うことと定めたがその後良明が姿を見せなかつたところから被告留治郎は高橋慶三と共に高野末の義兄である武田博に面会し本件土地の所有権移転の経緯、買戻約定の有無などについて尋ねたところ同人から本件土地については良明から買戻しの交渉を受けたことも売戻しの念書を書いたことも又金を受取つたこともないと告げられ始めて良明に騙されていたことに気がついたこと、以上の各事実が認められる。丙第一、第三号証(何れも佐藤良明の供述調書)証人高橋慶三の第一回証言、被告神崎健之助同佐藤留治郎に対する各本人尋問の結果、中右認定に反する部分は前掲各証拠に比較し措信し難く且つ他に右認定を左右するに足りる証拠もない。右認定事実によると、訴外良明は本件土地ほか一筆を立躬工業のために買戻すことは容易ではなく第三者に対しこれを合法的に賃貸することも可能ではないことを熟知しながらその買戻は容易であり又その即時賃貸も可能であるかのように装いさらに引続きその買戻約定が成立した旨虚構の事実を申向けて原告の夫であり代理人である高橋慶三を欺罔し結局原告との間に借地契約を締結せしめてその権利金名下に継続的に合計五十万円を騙取したことが明らかであつて右は詐欺であり不法行為であると認められるが、被告両名が良明と共謀して右詐欺行為をなしたことはこれを認めるには足りなく、又他にその故意による共謀を裏付けるに足りる証拠もない。

然しながら被告神崎は、良明から欺罔せられた点があるとは言え良明の依頼により本件土地賃貸の周旋を引受けしかもその頭初からその所有名義人が第三者の高野末であること及びその所有名義が立躬工業から右高野に変つたのは約八年前の昭和二十五年頃であることが判明していたのであるから、先づその所有名義を立躬工業のために回復することが容易であるかどうかないしは良明が直ちに本件土地を第三者に利用収益させることができるかどうかなど、右土地の所有、利用などの権利関係につき先づ所有名義人の高野について調査すべきであつたのであつて、不動産の売買賃貸等の周旋を業とする宅地建物取引業者としては、その成約に際しては常に一定の成規の報酬が支払われている(この点は被告神崎本人の尋問の結果により認められる)のであるから、この程度の調査義務注意義務を負うことは不動産取引の安全確保の見地からも当然要請せられるところである、然るに被告神崎は最も重要と思われるこの点の調査を怠り右土地の高野えの所有権移転の点、地上建物の有無及びその所有者が良明であるか否かなどを現地及び公簿などについて調査したゞけで別段深い調査もなさずに良明の説明を真実であると軽信した過失により被告留治郎に依頼し同被告の事務所の電話番号を表示した貸地の新聞広告を掲載しこれを読んで借地を申入れた原告側代理人、周旋業者らと良明との間に介在し被告留治郎と共に良明の説明に同調し或はこれに口添えをして賃貸借の成立を斡旋し結局良明が借地権利金名義で継続的に計五十万円を騙取領得した行為に加功しこれを助長せしめたものであつて共同不法行為者としての責任を負わなければならない、又被告留治郎については、前掲認定事実によると、本件土地の賃貸につき自己の事務所の電話番号を表示した貸地の新聞広告を掲載することを承諾し、自己の事務所をその交渉、連絡の場所として提供したことは勿論、賃貸借当事者双方の中間であつて種々その斡旋行為をなししかも被告神崎と共に良明の説明に同調し或はこれに口添えをして契約を成立せしめ又原告側から交付せられた手数料を賃借人側周旋人の鈴木及び賃貸人別周旋人の被告神崎と共に平等に分配するなど実質的に周旋人と同一の行動をとり賃貸人、賃借人の側においても被告留治郎を当然周旋人の一人として扱つていたことがうかゞわれるのであるから同被告は単なる連絡場所の提供者ではなく被告神崎と同様の周旋人の立場にあつたものと認めるのが相当であつて被告留治郎も宅地建物取引業者としての注意義務に欠けるところがあり良明の騙取領得行為に加功しこれを助長せしめた点においては前記被告神崎について説明したところと同様であるから共同不法行為者としの責任を負わなければならない。被告留治郎は、同被告はその事務所を単なる連絡場所として利用せしめたに過ぎす周旋行為をしたのではないとしこれを前提として前掲の調査義務、注意義務を負わないことないしはこのような義務を負わない業界の慣習があると主張しているが、その前提にして既に採ることのできないことは前掲説示のとおりである。被告留治郎は又同被告に原告の主張するような注意義務があつてこれを懈怠し且つ原告においてその主張する損害を蒙つたとしても原告にも過失があり右損害は自ら招いたものであるから被告留治郎の任意義務の懈怠と損害との間には因果関係はないと主張し、原告側の過失として、高野末について本件土地の権利関係の調査をせずに良明の説明を信じたことしかも原告側には宅地建物取引業者である鈴木鷹助が周旋人として原告を補佐していたにも拘らず同人においてもこの点を確めなかつたこと、を挙げている。この点については、原告側としてもこのような調査確認の手段を採ることはより望ましいことではあるが、このような調査、確認はもともと宅地建物取引業者である周旋人に課せられた業務上の注意義務を認むべきことは前掲説示のとおりであるから、右業者を信用し周旋を依頼した者にもこのような注意義務を課することは相当ではない又原告側周旋人鈴木鷹助が権利関係の確認をしなかつたとの点については同人が原告の代理人であることを認めるべき証拠のない本件の場合にあつてはその注意義務懈怠の効果を原告に帰せしめることは相当ではないものと言うべくさらに五十万円の損害(手数料二万円については後に説明する)が訴外良明の継続的犯行に因つて生じしかも被告両名の過失が右犯行の過程に介入しこれを助長せしめたものであることは前掲認定及び説示のとおりであるから、この点の被告留治郎の主張は理由がない。被告らは、仮に被告らについても共同不法行為が成立し且つ原告において損害を蒙つたとしても原告は昭和三十四年十二月二十七日訴外良明と右損害賠償債権につき裁判外において和解をなし良明からその弁済に代えて被告ら主張の手形額面合計五十二万円の譲渡を受けたから右賠償債権はすでに消滅していると主張し、右事実は、代物弁済による譲渡及び賠償債権消滅の点を除いて、原告の争わないところであるが、然し後記松田証人の証言により真正に成立したものと認められる甲第九号証の一、成立に争いのない同号証の二ないし四丙第四号証、証人松田勝同高橋慶三(但し第二回)の各証言、を綜合すると、右損害賠償債権は前記手形が支払われたときに消滅するという和解の趣旨であつてしかも右手形は不渡りとなつたまま今日に至つていることが認められるから右賠償債権は未だ消滅してはいないものと言うべく、従つてこの点に関する被告らの主張も容れ難い。さらに又被告留治郎の主張する過失相殺の抗弁についても、原告に過失のないことは前記説示のとおりであるからこれまた容れ難い。以上のとおりであつて、被告らは訴件良明の継続的な詐欺による騙取領得行為に過失により加功した者として良明の騙取金額五十万円につきこれを賠償する責任があるものと言うべきであるが、原告が周旋手数料として被告らに交付した二万円については良明においてこれを領得したものではなく前記趣旨の手数料として被告らほか一名において分配したものであるから、不当利得ないしはその他の原因により被告らにその返還を求めるのは格別、本件不法行為に因る損害としてその支払を求めることは失当である。よつて被告ら各自に対する本訴請求は各五十万円及びこれに対する記録上明らかな被告神崎については昭和三十三年八月十八日から、被告留治郎については同月十七日から、各完済まで民事法定利率による年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度においては正当であるからこれを認容しその余は失当として棄却すべく訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条第九十二条第九十三条を、仮執行の宣言につき同法第百九十六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 佐藤恒雄)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例